君は飛べない。美しい翼を持ちながら。
だから、翼は邪魔なだけで。
翼があっても飛べないのなら、僕らと同じなのに。

第二話・夢憂<3>

「そういやさ〜久遠。何部はいる?」
「ぼくは新聞部だよ。ほら、籠原先輩のいる……」
「ああ!なるほど〜。おれはバスケ部はいったんだ♪」

蒼也との他愛無い会話。
日常的で、だけど大切な会話。
蒼也は、クセ毛(昔からネコっ毛なのだ)をいじりながら、笑って話す。

「なあなあ、栞〜」
「あ、栞くんーちょっとー」

クラスの男子と女子の集団だ。
「あ、ごめん久遠…」
蒼也はあっちへ笑顔で話に言った。
ぼくはあっちの無駄に元気な集団は苦手だった。
しかし──蒼也は、違う。
ぼくとは違って、人気者なのだ。

明るいし、何でも出来るけど、えらそうじゃない。
嫌味な喋り方もしないし、誰にも態度を変えない。
そういう──やつなのだ。

ぼくは、歩いて席に着こうとする。
実はぼくと蒼也は前後列、蒼也と薔薇さんは隣だったりするのだが、薔薇さんは別だ。
薔薇さんのまわりには、誰も近づかない。
本当に、誰も。
まるで、そこだけ人払いの魔法がかかっているかのように。
薔薇さんは──ただただ、本を読んでいるだけなのに。

今日の本は、どうやら人間失格──太宰治が最近お気に入り──のようだった。
カバーもつけず、小畑健の表紙のイラストが見えている。
…そういや最近発売してたな……

そこでぼくは、どんっ、と何かが肩に当たった衝撃を感じた。
「あ……?」
軽く横を向くと、ぼくより少し身長の小さい女子がいた。
濃いめの灰色の髪を上で二つにくくった、女子。
その瞬間、その女子もこちらを向いたので、目が合う。
彼女の瞳は──赤色だった。名のとおり。
──そう、ぼくの肩に当たったのは、茜月茜だった。

「あ、ゴメン。」
ぼくは、普通に謝った。
茜月の方はまだ固まったまま
「…………──っ」
顔を歪ませて、ぺこりと四十五度お辞儀して早歩きで去っていった。
茜月は、かなりの猫背だな─、とぼくは場違いに思った。
……そういえばあいつの声、聞いたことないな……

それに、誰かに当たるなんて茜月には致命傷だしな……
そう、致命傷。
この社会で生きていくための方法の──致命傷。

背中にはあれがあるから。──あれとは?
──翼。そう、翼だった。
文字通りの──異なる、羽。

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