誰にも触れない。誰にも見えない。それは僕。
そんなの人間じゃない。そもそも生きてすらいない。──存在してすら、いないだろう。
けれど、そんな僕は──今日も、人間だった。

第一話 夢鬱

桜の赤色は、桜の下に埋められている死体の血の色だというけれど、白木蓮の下に死体を埋めるとどうなるのだろう。
寒空の下、綺麗に咲いているあの雪の華も、赤く染まるのだろうか。
あの、美しい血の色に。

「──今度、試してみようかな……」

ぼくは、中学の入学式の今日、桜小道を歩いていた。
赤というより、薄桃色の桜に囲まれながら、時折落ちている花弁を踏みながら。
たまに、着慣れないブレザーの制服が落ち着かなくて、体を震わす。

「中学なぁ……ぼく、ずっと小学生かと思ってた。あーあ、この髪で目を付けられなきゃいいんだけど……」
この髪。ぼくの髪は、変わった色だった。
ベースは黒髪なのだが、前方の右側が一束、白い。目は少し違和感のある薄青緑。
まあ、目は許容範囲内なのだろうけれど。
でも、髪は目立つ。目立つのは、嫌だ。
何も、目立つ必要もないし、目立つこともないのに……
ぼくは、身長、頭脳、運動ともにぼくは普通なのだ。
まあ、目立つ点は髪だけじゃなくもう一つあったりするのだけれど──……
そう、誰かさんの所為で。

「どうせぼく、嫌でも目を付けられるんだろうけどな……あーあ、アイツさえいなけりゃ……」
何度願った事か。
誰かさんの所為で、ぼくがどれだけの目にあったか。
「いなけりゃ……」
いいのにな、とはいえなかった。
何故かと言うと、後方で声がしたからだ。

「くぅ────ど────ぉお────!!待ってよー!一緒に行こうよぉ〜〜!」
来た。来た。
アイツが。
ぼくがこの世で一番嫌いで、一番怖くて、一番神に近い人間──人間じゃないのだけれど──だ。
もう、化物と揶揄するにふさわしい、一番神に近いと思っている化物。
人の皮を被り、ぼくの姉を名乗っている怪物。

「ちょっとくらい待ってくれたっていいじゃないのよー。女の子の朝は時間がかかるのよー?
……なんつって。あ、久遠!?待ってってば!本当、せっかちなんだからぁ!」
──ぼくの左右逆の位置にある白髪。可愛らしい顔。小さめで細い少女。人懐っこい笑顔。緋色の瞳。
……それが”自称”ぼくの姉、香澄水永遠。

「遅刻が嫌なんだよ、初日から寝坊なんて心配で待ってられないよ。早くしよう、永遠。」
「ふぇ〜〜い。……クラス分けどうなるのかなー。久遠と一緒かな。一緒だといいね!」
永遠が笑った。綺麗に、暖かく。
その笑顔を否定する事はできなくて、ぼくも笑う。
「うん。……そうだね。」
絶対嫌。ぼくは、永遠さえいなければ世界の中心でだってどこでだって叫んだだろう。
言えない。いえない。ぼくは、想いが言えない。
そんなことを言ったら、こいつはぼくを殺すだろう。
きっちり、綺麗に。完膚なきまで。

”え……今、なんて!?なんでそんな…?どうしてそんな、こと、言うの?酷い…酷い酷い酷いっ!”

「っ!?」
ぼくはばっ、と振り向いた。
心が大量に冷や汗をかいていることを感じながら、ぼくは固まった。
永遠の可愛らしい少女の、だけどとてつもなく恐ろしい声がしたからだ。
「?どうしたの、久遠?固まって。ほら、早く行こうよ〜」
「な、なんでもない……。そうだ、行こう。」
気のせいか。
──どうにかしてたのかな、ぼくは。

そう、昔からどうにかなっていたのだ。永遠という神の所為で。
ぼくは、中学を事件を乗り越えながら、あくまで平凡に過ごした。
いくつかかけがえの無い出会いがあったけれど、昔の話。
そして──ぼくは、高校生活にもそれを望んだ。
ぼくは高校生活にも平凡を望んでいたけれど、無理なお願いだったらしい。
神様は意地悪だった。



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